京都での着物イベントに参加しました。シマログ担当者の谷口さん、谷口さんのお友達、そして俺。小千谷縮みの着物でした。小千谷の着物は涼しげで、肌に点々と触れるシワ感が心地良いです。
こういう着物を着てきてねというお誘いが多くなりました。自分で着物を着るようになって小物も含めてハードの再認識や、心待ちや気構えに通じるソフト面の刺激にもなるし、当社自慢のサンダルの布教活動にもなるし、お誘いがあればいそいそと出かけます。
伊勢丹、阪急のメンズ館の催事も終了し、伊勢丹の9支店への商品供給も一息ついて、先週の合同展も終わって、今年の夏の山場は越えました。例年通りの好成績でしたが、消費マインドの冷え込みの影響も感じる何か盛り上がらない毎日です。阪神の優勝が事実上決まってしまって、広島やヤクルトを応援してしまう変な感じです。
これからは9月のパリの展示会の準備です。その前に夏の顧客セールの案内を作成しないと。それと現在WEB関係の求人をしております。もし皆様の周りでご興味と実力がある方がいらっしゃれば紹介して下さい。トップページの新着情報欄もご参考に。できれば大阪本社へ通える方がうれしいです。2年後を目標にデザイン部門を独立させる計画もあり、結構本気です。
デザイン業と輸出、これがビッグマイナーブランドへの一つの道と考えています。
それと22日17時からのフジテレビスーパーニュースに昔撮ったミッドタウンの映像が少し流れるかもしれませんという連絡がありました。昔めざましテレビに出た2秒という記録に並ぶかどうかというとこやね。
6月18日から30日まで阪急メンズ館でZETTAフェアが開催され、連日の大賑わいでした。メンズ館正面入り口の一等地でフェアを開催させていただいた関係者各位様どうもありがとうございました。
毎週金、土、日と着物姿で接客させていただいて、大阪の、または福岡の、または東京のいいお客様とお話できて光栄でした。予想を超える売上にユーザー様、デベロッパー様、当社と3者が納得のいく理想的な催事でした。
昨秋からはじまったガソリン高不況が当社においても製造現場における、芯材や接着剤等々に影響が出始めています。生き残り策のひとつとして輸出だ!と今度の9月のパリプルミエクラスの出展準備もし始めてますがが、ユーロ高で少しトーンダウン気味です。
催事同様、おかげさまで各直営店でもいいお客様との出会いにより日々大健闘中です。まじめにモノを作って、適正ルートで、正直にビジネスをする。良くも悪くも製販一体なので、がんばればがんばった分だけ、サボればサボった分だけ影響がでます。近道はないなあ。坂道でも水溜りでも一歩一歩進むだけですね。花緒サンダル/ZETTAを履いて。
今年も伊勢丹メンズ館B1Fデザイナーズブロックの大理石の陳列台に並びました。実は4月26日からGW明けまでもさせていただいたんですけど、こちらは不発。今回が本番です。父の日需要もあるし、鼻緒と台を選ぶセミオーダーも去年よりパワーアップしています。
初日のマネージャーのお話が良かった。世界的な日本製のものへの評価の高まりからも伊勢丹でこういう日本製のファッショナブルなものを取り扱うのには賛成だ、と。さらに父の日マーケットにオーダー企画は効果的だ、と。それはもちろんお父さんにプレゼントを買おうという優しい気持ちもうれしいけど、プレゼントする側が父の好みを予想して「自分で選ぶ」という行為がすばらしいと。
泣けるなあ。今年2歳になるわが娘に聞かせたいなあ。
タイの旧正月ソンカーンに参加だ。4月14日。バンコク。参加というか突撃だったな。これは旧正月に当たる3日間は誰彼ともなくしかも容赦なく他人に水をかけてもオッケーイという祭りなのだ。さらに小麦粉かなんかの白粉を顔に塗ってもオッケーイという行事でした。中国の旧正月の爆竹みたいなもんだな。
友人からどでかい水鉄砲を持たされ、こちらからも攻撃しようということで突撃して来ました。市内をうろうろ回りながら水をかけられ、白粉を塗られ、反撃しという、童心に帰れて40男にはなかなかおもしろかったです。
ホテルに戻る頃には服から下着からびしょびしょです。もちろん足元にはZETTA2008新作シルバーのGTRが光っております。ハイ
エイのスターマークと呼ばれる部分はどこなんだ?というのが数年前からの疑問でした。エイの革一枚につき白い楕円形の模様があり、その中心にシンボリックな大きめの丸い粒がある。単なる模様?、へそ?、あそこ?
4年ぐらい前にクリエーター仲間のK氏の提案でエイものを始めて、お客様から、バイヤーさんからこの白い部分はどこなの?と聞かれるたびにそう答えていました。雑誌や、ネットで探してみても明快な回答を見つけられず、それなら自分で調べてやると現地へ。タイバンコク郊外。2月27日。
こんなやつでしたわ。剥製ですけど。エイさん。野球のホームベースぐらいの大きさ。
で、スターマークと呼ばれる部分は人為的に削られておりました。つまりエイの革を黒く染めた後、その部分を削って、たぶん「骨」的な部分が表面にマークとして浮き出ている状態でした。さらに真ん中の大き目の丸い部分はというと、そこは人間でいう背中の首下辺りの出っ張ってる骨の部分でした。逆に言えばそこを削らないと突起部分となってしまうため、均一な厚みにするための加工だったのです。
帰り際、エイの生皮も見せてもらいました。ちゃんとエイヒレ部分はカットされておりました。
エイのスターマークと呼ばれる部分はどこなんだ?というのが数年前からの疑問でした。エイの革一枚につき白い楕円形の模様があり、その中心にシンボリックな大きめの丸い粒がある。単なる模様?、へそ?、あそこ?
4年ぐらい前にクリエーター仲間のK氏の提案でエイものを始めて、お客様から、バイヤーさんからこの白い部分はどこなの?と聞かれるたびにそう答えていました。雑誌や、ネットで探してみても明快な回答を見つけられず、それなら自分で調べてやると現地へ。タイバンコク郊外。2月27日。
こんなやつでしたわ。剥製ですけど。エイさん。野球のホームベースぐらいの大きさ。
で、スターマークと呼ばれる部分は人為的に削られておりました。つまりエイの革を黒く染めた後、その部分を削って、たぶん「骨」的な部分が表面にマークとして浮き出ている状態でした。さらに真ん中の大き目の丸い部分はというと、そこは人間でいう背中の首下辺りの出っ張ってる骨の部分でした。逆に言えばそこを削らないと突起部分となってしまうため、均一な厚みにするための加工だったのです。
帰り際、エイの生皮も見せてもらいました。ちゃんとエイヒレ部分はカットされておりました。
おみやげ物でも買いにいこうということで、S氏に連れられホーチミン最大の市場レンダンマーケットへ。4月13日。これがまたすごかった。近年香港や台湾やタイやここベトナムにも外資のスーパーマーケットや小ぎれいなショッピングセンターを良く見かけるようになって、日本と同じ感覚で買物にもいけるのですが、ここは違った。ザッツ蚤の市。そのパワーがすごい。大好きな感じです。昔の70年代の日本の「市場」です。小学生時代に見た活気ある商店街を思い出させてくれました。
そこで発見しました。発掘しました。新素材。タイやベトナムの山間部で暮す少数民族の生地です。防寒着やテーブルクロスにしているようなカラフルな綿の手縫いの織物です。色彩が独特でアジアな感じです。その昔、シルクロードから中国、朝鮮、日本ルートと枝分かれして、こっちのほうにも伝わったんだな。そいつで西陣織シリーズ、博多織シリーズ、片貝シリーズに次ぐ、少数民族生地シリーズができればいいぞ。とりあえずサンプルを作ってみよう。などと空想の翼でレンダンマーケットからベトナム奥地の山間部を飛んで、さらにインドの更紗やトルコやペルシャのイスラム圏まで心地よく空想が広がりました。
現地の方と話をしていて「ベトナムの人はこういう古来の生地を現在は身につけないの?」と聞くと「古臭いデザインだし、スマートじゃないし、おみやげ物よ。私達が着るのはアメリカやヨーロッパや日本のクールなデザインのものよ」と。むむむ。これはどこかで聞いたセリフだぞ。そうだ。現代の日本の着物の取り扱われ方と一緒だあ。ますます空想の翼に勢いがついて、いつの間にかベンツに乗ってる自分にたどり着きます。
さらに彼女曰く「あなたはどこの少数民族の血が入っているのか?」と仰天の一言。まさか、生粋の日本人だぜ。俺。どうやらベトナムやタイの少数民族となんか似ているらしいんです。また何人かにもそう言われたことがありました。前世占いでは山城の国の山賊、その前は十字軍崩れの商人なのに・・・
でもなんかなじんでしまうんだな、あの空気。NYやパリのケツの座りの悪いあの感じではなくて、懐かしい感じ。アジア人なんだな。俺。大阪人=アジア人なのかもしれん。中国、韓国は行ったことがないのでこの場合のアジア人から除きますが。
ベトナム・タイ少数民族もん、やってみよう。
おみやげ物でも買いにいこうということで、S氏に連れられホーチミン最大の市場レンダンマーケットへ。4月13日。これがまたすごかった。近年香港や台湾やタイやここベトナムにも外資のスーパーマーケットや小ぎれいなショッピングセンターを良く見かけるようになって、日本と同じ感覚で買物にもいけるのですが、ここは違った。ザッツ蚤の市。そのパワーがすごい。大好きな感じです。昔の70年代の日本の「市場」です。小学生時代に見た活気ある商店街を思い出させてくれました。
そこで発見しました。発掘しました。新素材。タイやベトナムの山間部で暮す少数民族の生地です。防寒着やテーブルクロスにしているようなカラフルな綿の手縫いの織物です。色彩が独特でアジアな感じです。その昔、シルクロードから中国、朝鮮、日本ルートと枝分かれして、こっちのほうにも伝わったんだな。そいつで西陣織シリーズ、博多織シリーズ、片貝シリーズに次ぐ、少数民族生地シリーズができればいいぞ。とりあえずサンプルを作ってみよう。などと空想の翼でレンダンマーケットからベトナム奥地の山間部を飛んで、さらにインドの更紗やトルコやペルシャのイスラム圏まで心地よく空想が広がりました。
現地の方と話をしていて「ベトナムの人はこういう古来の生地を現在は身につけないの?」と聞くと「古臭いデザインだし、スマートじゃないし、おみやげ物よ。私達が着るのはアメリカやヨーロッパや日本のクールなデザインのものよ」と。むむむ。これはどこかで聞いたセリフだぞ。そうだ。現代の日本の着物の取り扱われ方と一緒だあ。ますます空想の翼に勢いがついて、いつの間にかベンツに乗ってる自分にたどり着きます。
さらに彼女曰く「あなたはどこの少数民族の血が入っているのか?」と仰天の一言。まさか、生粋の日本人だぜ。俺。どうやらベトナムやタイの少数民族となんか似ているらしいんです。また何人かにもそう言われたことがありました。前世占いでは山城の国の山賊、その前は十字軍崩れの商人なのに・・・
でもなんかなじんでしまうんだな、あの空気。NYやパリのケツの座りの悪いあの感じではなくて、懐かしい感じ。アジア人なんだな。俺。大阪人=アジア人なのかもしれん。中国、韓国は行ったことがないのでこの場合のアジア人から除きますが。
ベトナム・タイ少数民族もん、やってみよう。
合同展で知り合った日本人クリエーターS氏を訪ねてベトナムホーチミンへ。4月11日気温35℃。S氏はベトナム歴12年。現地で自社工場とカフェを経営している。展示会で出会った時からベトナムの手刺繍やハンドメイドの技術に興味があった。ミシンより手縫いのほうが早いでという背景が魅力的だ。
ホーチミンの市内は生粋の関西人が後ずさりするほどの迫力でした。気温は35℃だからお盆前後の日本の真夏。そしてとにかくバイクが多い。ベトナム名物らしい。一昔前の御堂筋違法駐車と同じく交通名物。目の前を1分間に100台前後通り過ぎていく。2人乗り3人乗りは当たり前。歩行者に自転車もからまって、みんあ、だああああって大群で移動します。盆踊りに暴走族が乱入してきてみんなで円になって躍る感じ。はたまた信号のない渋谷スクランブル交差点に、車・歩行者が交差した上に、さらに原ちゃりロードレースも同時開催されてしもーたーって感じです。しかもみんな行きたい方に行くからクラクションが多い。パリの凱旋門の交差点と同じくらいかそれ以上。フランスの植民地だった影響か?
で、思ったね。感じたね。そんな交通量の中で事故がほとんどない、ということは器用なんだ。みんな。おっちゃんもおばちゃんもみんな器用なんだ。その器用さと手縫いの技術って関係ないことないやないのちゃうか。
で、立ちすくんでいると原チャリに乗ったベトナム人がやってきた。「おれはさあベトナム戦争でアメリカン人とたたかったんだ。あんた何人だ?」これこれ海外でよくある観光客目当ての商売だなと注意しつつ「日本人だ」と答える。「日本人!あなたドイツとイタリアと組んでアメリカと戦った同士!」うまい!絶妙な日本男児向けトーク。ドイツの飲み屋では今ではそういわれるらしい「そうだよ」とこちらも人懐っこい笑顔で応戦「これ見てよ。日本人からのお礼の手紙。ベトナムの古いお寺で撮った写真」ホントだ。見知らぬ日本人とこのおっちゃんの笑顔の2ショット「どこに泊ってるの」「メイホテル」「あまり知られていないお寺を見に行こう。それからホテルに送ってあげる」ってことはこの原チャリに2ケツか。「ハウマッチ」「いやいやそんなんいらん」と手を振る。おーこの人、本当に日本人好きなんだ。同士だもんなあ。俺達。待ち合わせまで時間はあるし、市内観光に出かけるか。ちょっと世話かけるで相棒!
これが詐欺にあった一部始終です。600ドンせしめられました。日本円で3000円くらいか。でも原チャリの2ケツで約40分くらいかな。デジカメの動画で「いい絵」も取れましたし、ベトナム交通事情も生で体験できたし、見知らぬ中華寺院も2つ3つ見れたし、大通りから離れた地元の道も商店街も堪能できたし、そんなもんやろ。京都や浅草の人力車みたいにやっぱり最初に価格交渉しとかなあかんわ。
京都といえば、4月26日菱屋カレンブロッソ京都柳小路店オープンです。
合同展で知り合った日本人クリエーターS氏を訪ねてベトナムホーチミンへ。4月11日気温35℃。S氏はベトナム歴12年。現地で自社工場とカフェを経営している。展示会で出会った時からベトナムの手刺繍やハンドメイドの技術に興味があった。ミシンより手縫いのほうが早いでという背景が魅力的だ。
ホーチミンの市内は生粋の関西人が後ずさりするほどの迫力でした。気温は35℃だからお盆前後の日本の真夏。そしてとにかくバイクが多い。ベトナム名物らしい。一昔前の御堂筋違法駐車と同じく交通名物。目の前を1分間に100台前後通り過ぎていく。2人乗り3人乗りは当たり前。歩行者に自転車もからまって、みんあ、だああああって大群で移動します。盆踊りに暴走族が乱入してきてみんなで円になって躍る感じ。はたまた信号のない渋谷スクランブル交差点に、車・歩行者が交差した上に、さらに原ちゃりロードレースも同時開催されてしもーたーって感じです。しかもみんな行きたい方に行くからクラクションが多い。パリの凱旋門の交差点と同じくらいかそれ以上。フランスの植民地だった影響か?
で、思ったね。感じたね。そんな交通量の中で事故がほとんどない、ということは器用なんだ。みんな。おっちゃんもおばちゃんもみんな器用なんだ。その器用さと手縫いの技術って関係ないことないやないのちゃうか。
で、立ちすくんでいると原チャリに乗ったベトナム人がやってきた。「おれはさあベトナム戦争でアメリカン人とたたかったんだ。あんた何人だ?」これこれ海外でよくある観光客目当ての商売だなと注意しつつ「日本人だ」と答える。「日本人!あなたドイツとイタリアと組んでアメリカと戦った同士!」うまい!絶妙な日本男児向けトーク。ドイツの飲み屋では今ではそういわれるらしい「そうだよ」とこちらも人懐っこい笑顔で応戦「これ見てよ。日本人からのお礼の手紙。ベトナムの古いお寺で撮った写真」ホントだ。見知らぬ日本人とこのおっちゃんの笑顔の2ショット「どこに泊ってるの」「メイホテル」「あまり知られていないお寺を見に行こう。それからホテルに送ってあげる」ってことはこの原チャリに2ケツか。「ハウマッチ」「いやいやそんなんいらん」と手を振る。おーこの人、本当に日本人好きなんだ。同士だもんなあ。俺達。待ち合わせまで時間はあるし、市内観光に出かけるか。ちょっと世話かけるで相棒!
これが詐欺にあった一部始終です。600ドンせしめられました。日本円で3000円くらいか。でも原チャリの2ケツで約40分くらいかな。デジカメの動画で「いい絵」も取れましたし、ベトナム交通事情も生で体験できたし、見知らぬ中華寺院も2つ3つ見れたし、大通りから離れた地元の道も商店街も堪能できたし、そんなもんやろ。京都や浅草の人力車みたいにやっぱり最初に価格交渉しとかなあかんわ。
京都といえば、4月26日菱屋カレンブロッソ京都柳小路店オープンです。
