» 2005 » 8月のブログ記事

9月14日から23日までTHE TRAINという展示会に花緒サンダルを出展するためNYへ行きます。
何よりも楽しみなのはオプションツアーで行くヤンキース戦です。ちょうど地区優勝とか、ワイルドカード進出とかで盛り上がってくる頃ですよ。一応「ヤンキース対阪神」のプラカードを用意していきます。次に楽しみなのはオーランド三越さんとの商談です。山手線より広いといわれる敷地のディズニーワールド内のエプコットという施設にあるらしいのですが、ウチのサンダルを2年くらいお取り扱いいただいているので現地視察に行きます。15分くらいの商談に2泊3日で行きます。もし時間が余るようであればディズニーワールドで時間をつぶすか。しゃーないな。
その後に展示会。このTHE TRAINという展示会は、3年連続で出展したパリのプルミエクラスをオーガナイズするメンバーがNYで開催する雑貨展で、日本からは初出展になるんとちゃうかな。アメリカ大陸は初上陸や。そのときに国連の会議があるらしく、ホテルを取るのが大変だったです。テロも怖いなー。めちゃくちゃ警戒するから安全か、もしくはそれをかいくぐってテロが起きるかのどっちかやな。テロといえば9・11の惨事のときは僕パリにいました。時差の関係でしょうけどその日は初めて訪れるパリの展示会の最終日でホテルに帰ったらあの映像がフランス語で流れていて、「フランス映画すげーな」と最初思いましたもん。さらにそれが何度も何度も繰り返し流れるから「フランス映画すげーな」と思いましたもん。ちょうど夜でみんなと食事をしているときにあれがテロだと教えられて、怖い思いをしました。
旅行って行く前が楽しいですよねー。あっこ行って、こっち行って。そういえば雑誌なんかのNYの記事を集めときゃよかったなーなんて今さらながら後悔して。あれ食べてこれ飲んでって楽しみが尽きないです。楽しみだなー、旅行・・・
今回は仕事か。

北大阪人宣言

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一般的に大阪人は嫌われ者だ。大阪人以外の大阪のイメージといえばごちゃごちゃとかがちゃがちゃとか。道頓堀に飛び込む阪神ファン、だんじりのどりゃーというイメージ。港町神戸、古都京都の人にも嫌われるのもそういうところだろう。大阪人で阪神ファンで道頓堀にも見学にはいきますけど、そのはしゃぎぶりはちょっと粋すぎ。いや行きすぎ。確かに目だって何ぼのイチビリ気質の発揮場所ではあるけども、やりすぎ。生まれもって笑いをとろうというDNAをもってはいるけど、それがある意味冷ややかな笑いであることに気づいたほうがええで、みんな。
僕も自由が丘に出店するときは大阪色をかき消すのを目論んだ。印刷物ではなるべく大阪の文字を使わないよう、言葉も大阪弁を極力出さないように。「魂」を売りました。というのも接客などしていて、京都で作ってるのよねという問いに「大阪やねん」などと答えようものなら目に見えてがっかりされて「私がいいと思った商品が大阪で作られていたなんて」的な落ち込み方をされたこともありますんで。僕も東京出張などから大阪へ帰ってくると「うわっ大阪弁だ」などと少し抵抗あったもんね。森喜朗に「タン坪の町」といわれました。中島らも氏が「ほっといてくれ」という見事な返しがありましたが、その通りです。
でも、ものづくりは大阪のほうがいいものが出来ますね。ズケズケと善い悪いをのたまう本音の部分に、ここをこうしたらええんちゃうんというおせっかいがブレンドされるバイタリティとアイデアがあふれる土壌がお互い想像も出来なかった商品をクリエイトします。モダン焼きのイメージです。お好み焼に、そば乗せて、カツオ振って、青海苔、マヨネーズもいっとこかという上へ上へという重ねていく文化ですね。つっこんでボケてつっこんでという繰り返しです。品はないけどパワーがある。それが僕の大阪評です。建築家からデザイナー、編集者、スタイリスト、カメラマン、アナウンサー、俳優、結構大阪出身の人は多いですよ。で、そのマインドを持ちながらも「品のある大阪人」を目指そうと。
それに気づいて最近「魂」を買い戻しました。そして「魂」をつなげておきたい場所を見つけました。
大阪は北大阪と市内と南大阪に分かれると思います。産業や人口構成などで。市内はいわゆる道頓堀の繁華街なイメージ。南大阪はだんじりの清原のイメージ。そして北大阪はといえば、この太陽の塔ですよ。1970年に万博があって今はこの太陽の塔だけが象徴的に残っている。堺屋太一氏がその中心でした。当時万博を開催するということで街づくりが始まって千里ニュータウンが出来ました。世界中から日本の教育現場を視察に来るモデル校として設立されたのがわが母校千里高校。高校の文化祭・体育祭の練習は万博記念公園だった。当時はさして感動はなかったんだけど、ここ最近デザインの端っこで仕事をするようになって改めてその偉大さに気づいた。すげーよ太陽の塔!すげーよ岡本太郎!アカデミック!プリミティブ!力強い!もっとPRしろよ、吹田市!というわけで勝手に北大阪人宣言をします。
入会資格は次のとおり。
①太陽の塔を北大阪人のシンボルとするのに賛成の方
②太陽の塔の正面の立ち入り禁止の広場の芝生で寝っころがりたい方
③自分で撮った太陽の塔の写真を持っている方
全国の皆さん。特にカレンブロッソをご存知でこの文言までたどり着いた皆さん!
大阪に来るなら、万博ですよ。太陽の塔ですよ。そこから谷町本店までは電車で52分!
(谷町本店から道頓堀までは電車で10分ですけど)

祖父が福井から出てきて丁稚で奉公していた呉服店、それが菱屋商店です。
新撰組の初代組長芹澤鴨が彼女にした女の子が働いていたのも菱屋という呉服店らしいです。その菱屋と祖父がいた菱屋が同じかどうか、例えば系列店であったかどうかなど定かではありません。が、親父曰く「ちゃうやろ」ということです。確かにあっちは京都ですし、ウチは船場やったし。
その菱屋呉服店が和装小物の部門を創設するということで、のれんわけして独立したのが今の菱屋の成り立ちです。祖父を社長に現住所に居を構えました。大正十五年二月十七日の出来事です。写真の枡はそのときの頂き物です。おそらく「ますますご発展を・・・」という意味でしょう。残念ながら母体である呉服店はクローズしてしまいましたが、祖父が先代の生活を手厚く保護していたそうです。
祖父の時代は鼻緒だけを扱うまさしく鼻緒屋だったそうです。赤いハーレーに乗って神戸まで納品に行ってたと親父が話していますが、真贋は不明です。今も祖父が作ったぞうりが数年に一度修理で戻ってきますが、その色合わせや粋さは十二分に現代でも通用するもので、それに感動して、またそのぞうりをお履きになっていただいているお客様、もしくはそれを受け継いだ娘さんに感動します。祖父は地域の活動にも積極的で、昭和47年に勲六等瑞宝章を授与しました。同年、永眠。34歳だった親父が代を引き継ぎ、鼻緒だけではなくぞうり、和装バッグと業容を拡大しました。
昭和49年の和装品売上がピークの時代を境に、そこから本年まで30年間、その凋落はすさまじいものです。安政何年という老舗履物店の倒産を象徴に毎年取引量が減っていきます。幸いウチは拡大路線の中でも、身の丈にあった経営だったので困窮すうるほどではなかったのですが、親父が引き継いだ時よりは社員数も3分の1程度に縮小して、おしゃれ用のぞうりの鼻緒という得意分野で生き残っています。
僕が菱屋に入社したのは平成7年。ちょうど10年前。千里高校ー関西学院大学ーキーエンスー編集プロダクションライターが僕の経歴です。マスコミのライター業というのは将来性に乏しく、特に関西で続けるのは狭っ苦しくキリをつけました。仕事、楽しかったけどなー。することもなく親父の会社に遊びに行くようになっていつの間にか社員にしてもらいました。今でも「菱屋へ来てくれっていっぺんも言ったことないわ」と親父から小言を頂きます。確かに幼少の頃から一度も聞いたことがない。親父の中では自分の代で、和装業は撤退するつもりだったらしいです。業界も先詰まりだし、和装の商習慣もなじめないし、ということで。
入社してしばらく親父について地方の呉服店の催事などの手伝いをしていました。泊りがけで行って、催事の準備をして、催事場の端っこでぞうりを売ってという毎日でした。そのうち親父が開発したオリジナル生地を使って「洋服にも合うバッグ」を企画しました。ライターをしていたときのファッションの情報や知識が役立ちました。それが売れた。
デザインも増やしてシリーズ化しました。デザインといってもブランド物の模倣です。しまうま柄を商標登録して、プライベートブランドを作って、「着物にも合わせてもてる洋風バッグ」というコンセプトにシフトして、調子に乗って店を作りました。そのときにお店のデザインをしていただいた建築家に言われた。「ブランド物のまねをするのではなくオリジナルで勝負できるようになったら、おたく、おもしろいよ」その一言がものすごく響いて、突き刺さって、模倣をやめました。オープンしたものの店も開店休業にしました。2000年のことです。
半年後の2001年の1月のIFF展にオリジナルデザイン4型をもって出展しました。カレンブロッソのファーストモデルB-600(今はBー608)、B-601、B-602、B-603(今は廃盤) それがrussetさんで採用が決まり、続いて大丸全店で採用が決まり、しばらくして谷町本店が内装も新たにオープンしました。

初ろも

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ロモを買ってうれしくって大事に抱えて東京出張で初撮りしてきました。しまうまカフェのトイレと自由が丘の空。
トイレのガラスはまっすぐなのにたわんで撮れちゃった。ぎょぎょぎょ魚眼、風だ。ガラス裏のバックライトも雰囲気出てるなー 自由が丘の空は青みがいいなー 見上げて普段見える空より透き通ってる。これからも空の写真はテーマだな。春の、夏の、秋の、冬の、東京の、大阪の京都の、パリ、ニューヨークの空。
最初にフィルムを装着するときからアナログの魅力満載。巻き上げノブを引き上げて、しかもちょっと強めに。壊れるんちゃうかと思う寸前にバッシャンとフィルムケースが現れる。フィルムセットして、ギア部にフィルムの穴を引っ掛けて、パッスンとケースを閉じて、ジコジコ巻き上げる。フィルムの張力を手に感じるの、久しぶりだー。筐体の素材感が高価そうでありながら、一昔前の安っぽさもあって「期待を裏切る」期待を裏切らない。スイッチオンも機械式だ。デジカメみたいな電気式のスマートさがなくて、まどろっこしい。
撮影終了後は、デジカメに慣れ親しんだ現在では戸惑う。今撮った写真がすぐに確認できない。算数のドリルの宿題で、後ろのページの解答を写そうとこっそりチラ見をしたものの、解答欄が破り捨てられてるやんという感じだ。仕方なく自分で考える。答えは学校に提出してからだ。
現代の便利さに慣れてしまって改めて気づく時間の機微を楽しませてくれる。しかも思い通りにならない。アナログっていいなあー。デジタルの便利さを知ってるからこそだけど。

刺し子

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刺し子シリーズ発売します。ここまで来るのは長かった。
2年。3年は経ってないか。いつもの機織り社長の西陣にある会社で刺し子の端切れを見つけた。「これは刺し子ですよね。刺し子って東北の工芸品で手で縫っていくやつですよね」その数年前、僕は弘前にいた。目的は山ぶどう、アケビ商品の仕入れ目的。時間があって県立博物館みたいなところに行って刺し子を見て知っていた。柳宗理が評価したことがきっかけで見直されるようになったとも言われている刺し子の技術。なぜそれが京都に?なぜ機屋さんに?「機で織ったんや。ジャガードや」その太い番手の綿で織り込まれる素材はざっくりしていてなんだか懐かしい。それでいて刺し子のハンドメイド感が十二分に残っている。
「これは少し前に作ってんけど、風呂敷にはならへんしやからボツのサンプルやねん」といいつつサンプル帳を見せてくれた。そこには5,6種類程度のサンプルがあった。「市場にも刺し子風の商品はあるけどな、こういう地模様で変化つけられるのはウチの機械だけや」確かに十字の柄だけを延々と織り続けることは可能らしい。ただ。少し遠めに見渡して、十字や井桁型が複雑に絡み合って、ひとつの地模様を形成しているのは見たことがなかった。「これでブランド作れますよ」
去年の春にMg3というサブブランドを作った。メインアイテムは刺し子使いのデニムだ。デニムのすそ裏に刺し子を取り付けて、ロールアップしたときに裏地が見えるというアイデアを思いついた。デニムメーカーの評判もよく、これからはデニムをやると決めた。今のデニムブームのさきがけの頃だ。
問題が起きた。ウチの直営店で展開するに当り、重要なことに気が付いた。販売員の服の販売の知識がないのもそうだけど、何より、フィッティングルームが、なーい。去年の春ごろは出店ラッシュでホントお金がなく、ローソンでそれまで見たことがなかったドリンクの値段を見比べるような状態だったので、各店にフィッティングルームを作るという予算投入が出来なかった。そのままデニム、刺し子のブームは俺の中でしぼんで行った。刺し子のバッグや財布も好評だったけど、俺はデニムを売りたかった。
ところが、自分ではいている刺し子のデニムがどこに行ってもほめられる。とくに業界内のプロの評価が高い。展示会で知り合ったデニム店でもポツポツと販売実績が上った。ネットでの注文も来る。そのうちサイズによっては完売のものも出てきた。
その刺し子のデニムと花緒サンダルをNYの展示会向けの審査品として送ってみた。それが通った。今年の春の出来事だ。ちょうど秋の新作のリクエストがスタッフの方から出ていたこともあり、刺し子で行くことに決めた。商品はバッグ中心にシフトして、小物も充実させていく。デニムも投入する。店によってはフィッティングルームを作る予定もある。シリーズ名も変えた。ざっくり、ローテク。でもデザインは0,1,0,1のデジタル画なのでカレンブロッソ「DIGITALZAKURO」だ。
NYの展示会に先駆けて直営店での展開も間に合った。

(1)「買っちゃった」

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とうとうロモカメラを買いました。ずっと欲しいと思ってたトイカメラ。普通にとってもピンぼけになるというアバウトなカメラらしい。そのポジション何?だめじゃん。猫をあやしてやろうと一生懸命猫じゃらしをカクカク動かし気を引こうとするが、相手にされずやがて自分が猫に遊ばれていることに気づく俺みたいじゃん。的なカメラだと聞いてますけど。
3年ぐらい前から狙ってた。なんかタイミングが合わなかったんですよね。その間に買ったカメラといえばデジカメ創世記のオリンパス、デジカメ成熟期にT3、デジカメ1眼レフ時代にEOS。といってもいくら説明書を読んでも素人カメラマンから脱出しません。しぼりや露出がわからん。商品撮影などでプロカメラマンに現場を見せてもらったり、いろいろ教わっても、結局「おお。撮れちゃったー。ええやん」という写真のほうが広告には向いてたりする。と思う。自分の中で。プロはそれを計算してそういう風に撮るのがすごいよな。そんなんで「撮れちゃった」写真をウチのちょっとした広告に使うようになって、カメラが面白くなった。
で、伊勢丹の花緒サンダルフェアの結果も抜群だったし、こないだパチンコ買ったし。(海物語でね。回転1回目でね。1回目ですよ。サムがね。泳ぎよった!5箱ぐらい出た。さらに、時短も終了して。あーあと思ってたら。1と9のWリーチで。魚群に。マリンちゃん!というところは外したけどな)何よりもロモが生産中止になって完全限定モデルだというPOPの紙切れ1枚の宣伝文句に踊らされて、買っちゃいました。フラッシュつけて35490円。高いなー。パチンコ2ヶ月ぐらい我慢せなあかん。(うん。この売り方は今後勉強せなあかん。限定。他にはない商品。違う角度からの商品価値の構築の仕方)
そして。パッケージをすぐに開けるのを躊躇しております。まず説明書の赤色が可愛い。おお。ウチのブランドの赤とほぼ一緒。フラッシュのロゴがなんか東欧的だ。オリジナルフィルムはしばらく使いたくないな。カメラ本体と思われる筐体が紙に包まれている。紙が安っぽそうだ。包み方は稚拙。百貨店のギフトコーナーではベテラン社員に注意を受けるはず。結び目のおつりのひもがカールしているのがなんとも愛らしい。商品番号入りだ!日付の書き方、数字の書き方はヨーロッパ式だ。そしてMade in Russia! たまるか!(坂本竜馬の口語体。津本陽の龍馬本を読んでるから影響されてる。多分たまんねえ~という意味だろう。そーいえば中島らもの「たまらん人」という本を読んだことを思い出す。氏が「逆にたまる人とはどういう人だろう?」という切り返しがあったが、その感性がたまらんかった。いかにも関西人らしい人だったのに。青木雄二もそうだ。関西文化の喪失だ。合掌)
今度のNYはもちろん、これからはこれでウチの商品撮ろうっと。1000枚ぐらいたまったらしまうまカフェで個展開こかな。
35490円の元を取るつもりだな、関西人と思わないで下さい。昔どっかのユースホステルでホストやったけ?が言ってたけど、例えば乗り放題のチケットを買った場合、関西人のけちは元を取ろうと思って市電からバスから乗りたくる、関東人のけちは乗り放題チケットを買わないで、いかに電車代を節約して目的地を回るかかと言ってた。ということは俺は関西風ケチなんだ。ケチというよりエチケットという気がする(ちょっと苦しいか)

月に3度4度出張で全国をうろついています。
移動は新幹線がええな。飛行機は時間が正確ではないし、ドアツードアなら大阪と自由が丘で結局、時間は一緒やん。早割りでチケット取ってもモノレール代も高いし、結局経費も一緒やん。

それよりものぞみの2時間半がいたって快適です。新大阪駅のKYKで一口カツ弁当を買う。カツとキャベツの間のセロファンを取り除いてからとんかつソースをかける。そうしないとソースがキャベツにかからへんからな。ちょうど京都駅に付く頃に完食。そこから読書。今は津本陽著の坂本竜馬ものに挑戦中。
司馬ものとちがって史実の著述が多く専門書風かな。竜馬がゆくを読んだのが20年前なので記憶はあやふやですけど。竜馬が最初に江戸に行ってそこで見聞きした経験が、土佐に戻ってから地元の人と何か違うというくだりを読んでると、あっしも少しだけ分かるような気がする。東京には大阪にはないものがあって、パリには日本にないものがある。現場へ行って分かる2次元の写真や映像では不明だった奥行きがある。司馬さんも現場主義だったと聞きます。風の向き、空の高さ、谷の深さがあってこそ起こった出来事の温度、バックボーンが現場にはある。
で、2~30ページ読むと眠たくなります。1ページ1分検討だから、近江冨士が見える頃に目を閉じる。窓側派なので、隣の方に迷惑にならない方向に足を組んで、腕も組んで寝る体勢。ここからドラマがいろいろ起こりうる。
「肘掛け取り合戦」お隣さんとの間にある肘掛けの使い方ですけど。ベストはお互いが気を使い合ってフリーの状態にしておくのが一番好きやな。おかきのひとつでもいかがですかといいたくなる間柄。ああ日本人らしくて慎ましやかで穏やかやなー。だから僕は肘掛けを使いません。

しかし、今日のお隣さんはちょっといやでした。体格がお相撲さんなみの方で、普通に座って余った人体の前足部分が肘掛けに落ち着いてるわけです。そこまではえーとしよ。オレは肘掛けを使わないからね。がしかしその肘掛けより、オレのテリトリー側の空間にまで肉が占領しようとするわけですよ。これは気に障る。俺の腕にも触る。しかもごそごそ動くからなでるように触れてくるわ・け・で・す・よ。ちょっと辛かったなー
でもそれは我慢できる範囲です。数時間の我慢やし。それよりも忘れられないアノ出来事を思い出す。
「肘掛けとり合戦 in エアフランス」飛行機に14時間も乗ってるとたまには肘掛けを両方使って、うわぁとくつろぎたいもんです。横に座ったどっかの大学の教授が、それはどうやら学生の一団の取りまとめやく風で「先生」と呼ばれていたからそうに違いないんですけど、常に肘掛けを使うわけですよ。ときどき隙を見つけては僕も肘掛けにかかるかかからないかぐらいで抵抗をしてた。普通の人なら、そのときって遠慮するでしょ。少なくとも俺はそうや。
で、どうしたと思います?あの野郎。ジーパンにジージャンの「おい学生よ。パリにみんなでフランス語の勉強しに旅行に行こうか。僕は毎年行ってるから慣れてるんだ。いいよーパリは」野郎。僕が遠慮ぎみにおいているひじの上に、自分のひじを置きやがるんですよ!信じられますか?僕の左ひじの上に右ひじを置くんですよ。普通はな「パルドン」とか言って、恐縮して離すべきだ。その非常識さに固まって、文句も言えなかったなA型おうし座の平和主義な俺。
今度会ったときは俺は肘を抜いて、やつの上に置いてやる。向こうもさらに肘を抜いて俺の上に置きやがったら、もっぺん肘を抜いてやつの上に置いてやる。むこうもさらにやるんやったら、もうやめとこかな。

テレビ取材(1)

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今、伊勢丹さん本店で花緒サンダルを販売させていただいているんですけど、大健闘です。で、本日テレビの取材があったらしく、明日のやじうまワイドという番組で紹介されるらしいです。そんな関係で催事の会期も8月9日までの予定が16日まで延長になりました。
涙が出るほど感動的な出来事です。われわれファッション雑貨を取り扱う人間にとって伊勢丹本店という舞台はトップオブザトップです。弱小公立高校の長髪球児にとっての甲子園球場です。
しかし、3種類を撮影用にお持ち帰りいただいたんですけど、そのうち1種類は店頭に在庫がございません。今日で完売したらしいです。あーもったいない。明日1日でできるだけ作ろうっと。でもそうしたらアメリカのオーランドの発注分の生産に影響あるなあ。でも、長髪切るから甲子園に出たいな。
でも花緒サンダル、よー売れるなー。確かに僕も履いてるんですけど、気持ちいい、のはある。HのS社長も行ってたけど、足の指10本で体を支えるというのは健康にものすごくいいらしい。伊勢丹さんでも阪急さんでも去年お買い上げの皆様が今年もお越しになってお買い求めいただいてるようです。それも去年、お買い上げいただいたものをお履きになって来店してくださる。ということは去年の夏場、今年の夏場とお履きいただいてるわけです。「気持ちいいから夏場はどこに行くにもこれを履いてるのよ」「春とか秋口にも靴下履いて、このサンダル履いてるものね」とお喜びいただいてます。これはものづくりをしている人間にとってほんとうにうれしい。甲子園で目をつぶってバット振ったらホームランになっちゃたーほどのうれしさです。しかも2打席連続。ちなみに芸能人の方も僕が知ってる範囲で5人ぐらいはお履き頂いてます。しかもおしゃれ。浴衣にも合うし、デニムにも合うし。なにより鼻緒が痛くない!友達にも紹介してあげなくちゃ!!という花緒サンダルのPRでした。
去年花緒サンダルが最後に売れたのが8月の15日でしたので、今年は記録更新だ。3打席連続狙うべ。

    

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  • 笑える写真 http://twitpic.com/2l25t1
  • 本日から開催のパリプルミエクラスのトレンドブックに掲載していただきました。 http://twitpic.com/2l25na
  • 足袋屋さんで打ち合わせ。ハイソックス足袋をリクエストするが、それ専用の抜き型が必要とのこと。1型あたり10万くらい。22.5cmから27.5cm、5ミリ単位で作ると110万か。冬場に足袋の切れ目の素足は寒いねんけどなあ。
  • 行けまへんねや。10月の寺本展示会とか、呉服屋飛び込み営業とかで。
  • 注染の中尾社長と打ち合わせ。工場持って、企画ができて、小売店もある。苦しいけれど、理想形だと信じている。
  • あー去年まではこの時期パリに行く用意してたのになあ。優秀な現地スタッフがみつかって任せられると思ったけど、行きたくなってきた。世界中から集まるブースの雑貨みるとか、市内をうろうろするとか、バンプの蚤の市で異邦人気分味わうとか。行けばいくほどいいんだよなあ。
  • IFFの新和装ゾーン、出展社10社集められるか!?他にないものを作るのは当たり前。それをいかに売るかの時代。作り手と買い手のマッチングの場として合同展示会は確実な成果があるけど、出展料の採算が不明。しかしPR効果、やったるで感の一歩になる。
  • 和装関係者の皆さん。1月のIFFで「新和装」ゾーンを事務局から確保いただきました!出展の経費はかかりますけど、リスクと夢で作った商品を全国のバイヤーに披露しましょう。お恥ずかしながらタテマエ上オーガナイザーは私です。ご興味のある方はmac@calenblosso.jpまで
  • エイ素材の別注が立て続けにやってきた。あの人が履くのか。経済人や芸能人の情報はなかなかツイートできない。実はややうれしいねんけどな。
  • 盆明け初日。車のバッテリーは上ってるわ。会社の電灯の一部が漏電でブレーカー上るわ。変なテンション上る。午後からカレンブロッソ事業部立ち上げ後初めての本社会議。